映画『ドライブマイカー』のセックスの考察

映画『ドライブマイカー』のセックスの考察

村上春樹さん原作の映画『ドライブマイカー』は、2021年公開作品で、映画監督の濱口竜介さんが監督、主人公の家福(かふく)悠介を西島秀俊さん、その妻の音(おと)を霧島れいかさん、それから、ドライバーで重要な役割となる渡利みさきを三浦透子さんが演じています。

この『ドライブマイカー』は、滝口監督の商業映画3作目で、原作は村上春樹さんの同名小説ですが、他の短編小説の内容や、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』の台詞を織り交ぜた新しい物語となり、世界的にも評価された映画です。

原作である小説版の『ドライブマイカー』は、2014年出版の村上春樹さんの短編集『女のいない男たち』に収録されています。

映画『ドライブ・マイ・カー』90秒予告

物語のざっくりとしたあらすじとしては、成功した俳優、舞台演出家の祐介と、脚本家でテレビドラマを手がける脚本家の音の夫妻の生活が、冒頭から前半にかけて描かれます。二人には娘がいたものの、幼い頃に病で亡くなり、以降は二人で暮らします。しかし、音は出演者の男と不倫を繰り返し、そのことを悠介は知っていたものの向き合えずに、黙って親密な夫婦関係を続けます。

ある日、音が、「帰ったら話したいことがある」と悠介に言い、そんなことを言うことが珍しく、不安になった悠介が夜帰宅すると、音は蜘蛛膜下出血で倒れていて、そのまま死んでしまいます。音は秘密を持ったまま亡くなり、悠介は、妻の死と秘密に対する喪失感や空虚感を抱えたまま、仕事を続けます。

あるとき、広島の国際演劇祭に招聘され、悠介は滞在中のドライバーとして渡利みさきと出会います。みさきもまた、心に傷を抱え、二人が、自分の傷を吐露しながら、その傷と向き合っていく、という物語です。

だいぶざっくりしたあらすじですが、大枠で言えば、『ドライブマイカー』は、こういう話の流れとなっています。

この『ドライブマイカー』には、年齢制限(PG12指定)があります。この年齢制限の理由としては、おそらく、濡れ場、いわゆるベッドシーンが含まれていることが挙げられるのでしょう。

この映画を親と見るに当たって気まずくなるかどうか、という質問が、ヤフー知恵袋のなかにありましたが、映画の作品内に出てくる濡れ場は、どの程度の過激さなのかという点や、また作中におけるセックスの意味について、以下、ネタバレありで考察したいと思います。

村上春樹作品と言えば、セックスシーンの多さでも有名ですが、この『ドライブマイカー』も、濡れ場はあり、冒頭部のほうで三度ほど登場します。不倫描写も少しだけあり、悠介が、音の不倫現場を目撃する結構ショッキングなシーンもあります。ただ、濡れ場の描写自体は完全にヌードというわけではなく、裸体の後ろ姿だったり、うっすらと暗めのシルエットで描かれているので、露骨な性的描写はありません。

とは言え、濃厚なキスやセックス自体は描かれています。行為が行われている時間は一瞬というほど短いわけでもないので、親子で見るとなると、多少気まずいというのはあるかもしれません。

一方で、カップルなどデートの際に映画館や、家のパソコンで見るぶんには、それほど気まずいものではないかなと(個人的な感想ですが)思います。ベッドシーンも、決してエロティックさが全開というわけではなく、美しい描写となっているので、映画のワンシーンとしては素敵な映像に仕上がっています。

妻の音が、物語を、口にしながら、暗い部屋で、体を上下に揺らし、悠介とセックスをする。この映画にとってセックスは重要な要素で、脚本家でもあった音は、セックスのときに物語が浮かびます。これはおそらくセックスによる絶頂が、心の閉ざしていた深い部分を開かせる鍵のメタファーとして描かれている、という意味合いがあるのでしょう。村上春樹さんは、過去に、自身の作品で描くセックスに関し、「鍵」という表現で説明しています。

セックスは鍵です。夢と性はあなた自身のうちへと入り,未知の部分をさぐるための重要な役割を果たします。僕はセックスの場面を描きすぎる,と言われることもあります。そのことによって批判されもしたわけですが,しかし,そうした瞬間を含めるのは必然的なことだったと考えています。そうした場面は,先ほどお話しした隠れ扉を,読者が自分で開くことを可能にしてくれるからです。

出典 : 村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』

セックスをしているときに語られる物語というのは、深層心理を描いたものなのかもしれません。このとき音が語る物語は、「前世がやつめうなぎの少女」の話であり、これは音の罪の意識の表象ではないかという考察もあります。

そして「前世がヤツメウナギの女の子」の物語は、音の無意識の告白のようにも聞こえる。浮気をしていた妻からの罪の告白だ。家福はそんな告白を恐れたのか、途中まで聞いていた物語を聞いてなかったことにしてしまう。しかし、その続きは高槻によって語られることになる。これは高槻が音とセックスしていたことを告白したようなものだが、家福にとってはそれ以上に妻と向き合うことを避けていたということを思い知らされる結果になるのだ。

出典 : 『ドライブ・マイ・カー』 声の持つ力

セックスのシーンは、まだ妻が生きていた前半のほうで数シーン描かれるのみで、映画の本筋と言ってもいい、妻の死後のなかでは描かれることはありません。

映画自体は、静かなテイストで、長台詞も多く、文学的な作品なので、フランス映画などが好きな人は、夜一人で観るのにおすすめかもしれません。

一方、恋人同士のカップルや、友人と一緒に観る場合は、『ドライブマイカー』の上映時間が3時間で、賛否両論、好き嫌いが分かれる作品ということを考えると、よっぽどそういう静かな映画が好きな人以外にはおすすめできないのではないかと思います。実際、『ドライブマイカー』の口コミには、「つまらない」「退屈」といった声もあり、この辺りは、もし誰かと一緒に観るようなら、相手を選ぶ際には好みなどに注意が必要でしょう。

逆に、もともと村上春樹の小説の世界観や空気感が好きな人にとっては、映画もそれほど肌に合わないということはないかもしれません。全体的に静かで、空虚さがあり、サントラも合っているので、きっと村上ワールドという点では表現できているのではないでしょうか。

人間の感情が激しく表出しているものでもなく、棒読みで長台詞が多い、という点も確かにあり、この演出が、つまらない、といった感想に繋がっている可能性は高いと思います。ただ、棒読み感というのは、心の傷を抱えて、空虚な世界のなかで生きている、ということを映像として描写したかったのではないかと思いますし、特に最後のほうで、救いとして舞台で使われる『ワーニャ伯父さん』の台詞が効いてきますが、心に負った傷によって空虚さを抱えたまま生きている人にとっては、『ドライブマイカー』は、深く沁みる作品と言えるかもしれません。

音の不倫相手でもあり、重要な役割でもある岡田将生さん演じる高槻耕史という登場人物に関しては、ちょっとよくわからなかった、というのが正直な感想です。重要は重要なのですが、お前は一体なんだ、と観ているうちにイライラしてくるようなキャラクターでもあり、彼は感情を抑えきれずに事件を起こし、いなくなります。

ちなみに、ラストシーンも、色々な想像を掻き立てる不思議な結末となっています。ラストでは、みさきが、韓国のスーパーで買い物をし、悠介の大事な赤い車(サーブ900ターボ)に乗っているシーンが描かれています。唐突な韓国という舞台背景に、なぜ韓国にいて、なぜ悠介の車に乗っているかの具体的な説明はありません。ただ、大型犬が後部座席にいて、スーパーで買い物をしている、ということは、韓国に旅行に行っているわけではなく、韓国の地で「日常を過ごしている」ということでしょう。

車を運転しているみさきの表情には明るさがあることから考察するに、悠介とみさきは、韓国という新しい地に、二人で移り住んでいるのではないでしょうか。ラストシーンにも、村上春樹作品らしい余白がぞんぶんにある映画となっています。