文化

RADWIMPS「HINOMARU」は、右翼ソング? 歌詞に込めた真意は?


HINOMARUは政治ソング?

RADWIMPSの新曲「カタルシスト」のカップリング「HINOMARU」が右翼ソングだという批判を浴びていて、そういう声は挙がるだろうな、と予想していました。

どうやら野田洋次郎さんも想像していた(当然ですよね)ようで、「右翼」という批判に対し、以下のようなツイートを返しています。

洋次郎さんは馬鹿ではないので、こういうことはわかり切っているでしょうし、おそらく歌詞も相当念入りに考えたんじゃないかなと思います(だから歌詞に国歌や人種に関することは入っていません)。

またインスタでは「HINOMARU」に対する想いについて次のように語っています。

『HINOMARU』。
日本に生まれた人間として、いつかちゃんと歌にしたいと思っていました。
世界の中で、日本は自分達の国のことを声を大にして歌ったりすることが少ない国に感じます。
歴史的、政治的な背景もあるのかもしれません。色んな人がいて、色んな考え方があります。誰の意思や考え方も排除したくありません。

僕はだからこそ純粋に何の思想的な意味も、右も左もなく、この国のことを歌いたいと思いました。
自分が生まれた国をちゃんと好きでいたいと思っています。好きと言える自分でいたいし、言える国であってほしいと思っています。
まっすぐに皆さんに届きますように。

出典 : Yoji_Noda | Instagram

日の丸という旗は、余白があって、そこには色んな意味が込められます。

あるひとたちにとっては血塗られた戦争の記憶かもしれませんし、あるひとたちにとっては平和の象徴かもしれません。

そのひとそのひとの「日本」があって、その「日本」を大切にすること、日本を愛すること(愛し方にも色んな方法があるでしょう)を歌っている。

だから洋次郎さんは「鏡」と言っているんだと思います。

だって平和のために日本の9条を守れ、9条こそ日本の誇りだ、と言っているひとたち(右から見れば左のひとたち)にとっても、この歌は励みになるかもしれないし、少なくともそのことを否定していません。

たとえば洋次郎さんは去年のライブのMCで、こんな風にファンに向かって語りかけています。

やっぱり嫌なんですよね、戦争だとか、戦いだとか。ほんと幼稚園の、学校の、小さな教室のなかで起こる喧嘩となんら本質は変わらないんじゃないかなと思ってて。

でもほんとタチが悪いのは、他人を巻き込んで、他人を犠牲にするのが許せなくて、ああ相変わらずそういう世界で生きてるんだな、って自覚しました。

日本ってさ、すごくて、もう七十何年間戦争してなくて、それ日本の歴史上でほとんどなかったことなんですよね。

ほぼ五十年に一回は必ず戦争してて。今までの歴史のなかで。だからうちら奇跡みたいな時間をやっぱ生きててさ、これはすごく誇りなことだと思うんだよ。

だから奇跡みたいな時間を当たり前に、僕らの力でなんとかしたいなと思うし。

(中略)

この国を、うちらの手の中にあるこの国を、うちらでどんどんよくしていきましょう。

出典 : RADWIMPS「human bloom tour 2017」

日本を守る、日本を大切にする、というのは、国土のひともいれば、国歌のひともいれば、平和憲法のひともいれば、自然環境のひともいれば、日本的な感性のひともいる。

ひとつひとつが違っていい。

そのひとつひとつの「分断」や「対立」の曲にしたくない、それを包含するのが、「日本」だと洋次郎さんは思っているんじゃないでしょうか(僕の勝手な推測です)。

他のミュージシャンは知らないですけど、僕は洋次郎さんを信じています。どれだけ考え抜いて、痛み抜いて、歌詞を紡いできたかを僕なりに感じているので。

たぶんファンの方はそのことを知っていると思います。