音楽

祈りの歌 RADWIMPS「HINOMARU」の感想と歌詞の意味(解釈)


RADWIMPS「HINOMARU」

RADWIMPSの新曲「カタルシスト」が発売しました。

この「カタルシスト」については事前にラジオでフル音源も流れていたので聴いていましたが、カップリングの「HINOMARU」は発売までどこにも流れていません。

そこで今回は、この「HINOMARU」という曲を聴いた感想や自分なりの解釈を紹介したいと思います。

ちなみに、この二曲はAppleMusicには今のところありませんが、iTunesではダウンロード配信されています。

「HINOMARU」の感想

それでは早速「HINOMARU」の感想に移りたいと思います。

まず目を引くのはこのタイトルですよね。「HINOMARU(日の丸)」。日の丸とはもちろん日本国旗のこと。

野田洋次郎さんは、一度ちゃんと「日本」を歌いたかったと語っています。

個人的には野田さんの曲はRADWIMPSにしてもillionにしても直接「日本」を歌わなくてもいつも日本の心は息づいていたような気がします。

さて、曲のイントロは和太鼓の音、そしてゆったりとした和風の曲が流れます。

冒頭の歌詞は、以下のように始まります。

風にたなびくあの旗に 古(いにしえ)よりはためく旗に

意味もなく懐かしくなり こみ上げるこの気持ちは何

胸に手を当て見上げれば 高鳴る血潮誇り高く

この体に流れゆくは 気高きこのお国の御霊

出典 : RADWIMPS「HINOMARU」

あの旗とは日本国旗ですね、風にたなびく国旗を見ているとなんだか懐かしく、込み上げてくる。

野田洋次郎さんは少年時代をアメリカで過ごしていたので、余計にそういう感覚が強いのかもしれません。

それから、これは二番のBメロからサビにかけての歌詞です。

さあ、いざゆかん

守るべきものが今はある

どれだけ強き風吹けど はるか高き波がくれど

僕らの滾(たぎ)る決意は 揺らぎなどしない

出典 : RADWIMPS「HINOMARU」

このあとで、「おぉ、おぉ」という人々の合唱のようなものが入ります。

最初に聴いた感想としては、結構大胆な曲だなと思いました。今は、こういう曲というのは政治的に解釈されたり、場合によっては炎上するかもしれません。

それでもあえて今発表すると言うのは、野田さんに、今歌いたい、という想いが強くあったのでしょう。

僕らの燃ゆる御霊は、くじけなどしない

出典 : RADWIMPS「HINOMARU」

賛否が分かれる曲かもしれませんし、歌詞に抵抗感を抱くひとも多いのかもしれません。

最後に一つ、2017年のライブのMCで野田洋次郎さんがファンに向けて語った想いを引用したいと思います。

やっぱり嫌なんですよね、戦争だとか、戦いだとか。ほんと幼稚園の、学校の、小さな教室のなかで起こる喧嘩となんら本質は変わらないんじゃないかなと思ってて。

でもほんとタチが悪いのは、他人を巻き込んで、他人を犠牲にするのが許せなくて、ああ相変わらずそういう世界で生きてるんだな、って自覚しました。

日本ってさ、すごくて、もう七十何年間戦争してなくて、それ日本の歴史上でほとんどなかったことなんですよね。

ほぼ五十年に一回は必ず戦争してて。今までの歴史のなかで。だからうちら奇跡みたいな時間をやっぱ生きててさ、これはすごく誇りなことだと思うんだよ。

だから奇跡みたいな時間を当たり前に、僕らの力でなんとかしたいなと思うし。

(中略)

この国を、うちらの手の中にあるこの国を、うちらでどんどんよくしていきましょう。

出典 : RADWIMPS「human bloom tour 2017」

ある時代のひと、ある思想のひとにとっての「歴史」や「日の丸」の意味と、今の世代の、少なくとも野田洋次郎さんにとっての「歴史」や「日の丸」は、もしかしたら違うのかもしれません。

70年という歳月を経て、平和もまた守るべきひとつの「歴史」、ひとつの「伝統」になったのでしょう。

受け継がれし歴史を手に 恐れるものがあるだろうか

出典 : RADWIMPS「HINOMARU」

このMCの中身を見てから、「HINOMARU」を聴き直すと、さっきまではなかった両義性が漂ってくるような気がします。

追記、洋次郎の言葉

RADWMPSの野田洋次郎さんが、この「HINOMARU」についてインスタグラムとツイッターで自分の意見を公表しました。

ツイッターで「軍歌」「金目当ての右翼ソング」だと炎上し、記事で取り上げられるなどしたことを受け、二日ほどツイッターも更新されなかったのですが、この間は恐らく自分の考えを自分の言葉で語りたいとずっと考えていたのでしょう。

言葉は、英語と日本語で公表されています。

戦争が嫌いです。暴力が嫌いです。
どんな国のどんな人種の人たちとも、手を取り合いたいです。
終戦記念日やその他の歴史的な事柄を語る時、アジア各国でライブをする度、僕はなるべく自分のメッセージを伝えてきたつもりです。
時代に逆行するのではなく、前進しようと。
二度と繰り返してはいけないと。
HINOMARUの歌詞に関して軍歌だという人がいました。そのような意図は書いていた時も書き終わった今も1ミリもありません。誰かに対する攻撃的な思想もありません。
そのような具体的な歌詞も含まれてません。
この曲は日本の歌です。この曲は大震災があっても、大津波がきても、台風が襲ってきても、どんなことがあろうと立ち上がって進み続ける日本人の歌です。みんなが一つになれるような歌が作りたかったです。結果的にその曲で不快な想いをさせてしまった人がいたというのが何より悲しいです。

日本の歌を歌う上で歴史の上に成り立っているこの今の僕ら、その想いものせたかったので古語的な日本語を用いたのも一つの要因かもしれません。僕は色んな曲で古語を使うので自然な流れでした。
色んな人の意見を聞いていてなるほど、そういう風に戦時中のことと結びつけて考えられる可能性があるかと腑に落ちる部分もありました。傷ついた人達、すみませんでした。
これが僕の気持ちです。一つの嘘もありません。これからのキャリアや行動でもそうであることを証明していくつもりです。
どうか、皆さんに伝わりますように。
この先も、僕なりに自分のメッセージを伝えていきます。音楽で、活動で、この世界のプラスになるエネルギーとなれるように頑張ります。

出典 : yoji_noda|instagram

これまで、RADWIMPSの歌に、野田洋次郎の言葉に、救われたひとは数知れません。死んでしまおうかと、ひとりぼっちだと、思っているひとたちが、ぎりぎりで救ってもらった夜も数多くあったでしょう。

それは世界中に及びます。

僕も5年ほど前、まだRADWIMPSが「君の名は」で世界的に有名になる前、フェイスブックで知り合ったコロンビアの高校生と英語でやりとりしたとき、彼女は、「私はRADWIMPSが好きなんだ」と語っていました。

洋次郎さんは、東日本大震災の際には、毎年震災の日に歌とことばを捧げてきました。時計の針の止まってしまった人たちの心に優しく触れるように。

どうかこれからも洋次郎さんがまっすぐ表現者であれますように。あなたの想うままに表現できますように。