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中島翔哉の練習法・トレーニング法

中島翔哉の練習法・トレーニング法

小柄ながらサッカー日本代表の若きエース候補として注目される中島翔哉選手。

このサイトでは、これまで中島翔哉選手のことをいくつかの記事で取り上げて紹介してきました。

たとえば、以下の記事では中島翔哉選手の過去の略歴やプレーの特徴、性格などをインタビューなどから分析、紹介しています。

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また、こちらの記事では、中島選手と飼い犬の深い関係性についても紹介しています。

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中島翔哉選手は、身長が164cmとサッカー界でも一二を争うような身長の低さでありながら、そのドリブルのキレやパスのアイディア、シュートへの積極性といった攻撃センスは抜群。

ポルトガル一部のポルティモネンセでは好成績を残し、新生日本代表でも高いパフォーマンスを発揮しています。

今後はさらに強豪のビッグクラブからもオファーが届くことでしょう。

中島翔哉選手自身も、アルゼンチンの「メッシ」が理想の選手で、世界一の選手になるという目標を公言しています。

ここでは、そんな中島選手の練習の内容や中身について簡単にまとめてみました。

 

サッカー小僧だった少年時代

子供の頃から無類のサッカー小僧だった中島選手。それでは彼がサッカーを始めたのは、一体いつからだったのでしょうか。

彼がサッカーをしっかりと始めたのは、小学校一年生の頃でした。

それまでサッカーは遊びで行なっていた程度だったのですが、「サッカーをやりたい」と母親に告げると、母親が、近所の「松が谷FC」に連れていってくれました。

松が谷FCは、普通の町のクラブで、誰かのお父さんがコーチをしているチームでした。一学年に15、6人が所属し、練習は土日のみ。

練習内容はドリブルやミニゲームなど一般的なもので、コーチも自由を尊重する指導方針でした。

この頃の中島選手は(今もその性格自体はそのままのようですが)負けず嫌いでわがままだったので、自分がボールを持ったらパスをしませんでした。

それでもコーチは怒ることもなく、中島少年もサッカー自体をとても楽しんでいました。

サッカーを始めてからはひたすらサッカー漬けの日々でした。

学校から帰って、近くの公園でだいたい1人でドリブルしたりしていましたね。コンクリートの上で、裸足でボールを蹴ったり。

とにかくサッカーが好きで、学校の授業中もボールを足元に置いていたくらい。先生に怒られてボールを取り上げられるんですけれど、また取りに行って……今だったら絶対にやらないです(苦笑)。

松が谷FCとは別に、小2~4までは(東京)ヴェルディのスクールに週1くらいで通っていました。

最初に入った時に指導してくれたのは菊池新吉(現川崎フロンターレGKコーチ)さん。

小2の僕が泣きながらドリブルで向かっていったことがあったみたいです。後に、そんな子どもは今までいなかったと言われました(笑)。

出典 : 無類のサッカー少年。中島翔哉の知られざる幼少時代の素顔

平日も、授業中も、放課後もサッカーボールと一緒。寝るときも一緒だったようで、布団のなかにボールと飼い犬を招き入れて仲良く眠っていたそうです。

この犬とは子供の頃から練習も一緒に行い、散歩がてら公園や広場でドリブルをして、犬が奪いに来るのを交わす、という「練習法」を行い、これは大人になっても続けているようです(参照 : 中島翔哉と犬)。

当時中島少年が憧れていたのは、元ブラジル代表のロナウジーニョ選手でした。

ロナウジーニョのスーパープレイ

ヴェルディのユースの監督が編集したブラジルやスペインの試合をみんなで観ていたそうです。主に海外サッカーが中心でした。

僕はロナウジーニョが好きでしたね。とにかく技術が高かった。

ロナウジーニョが家でボールを蹴っていたという話を聞いて、自分はボールと一緒に寝ていましたから(笑)。それを見ながらいつか世界で活躍したいと思い描いていましたね。

出典 : 無類のサッカー少年。中島翔哉の知られざる幼少時代の素顔

日本人選手で中島翔哉選手が好きだったのはやはり中田英寿選手。

ドイツW杯での中田英寿選手の姿に憧れたものの、残念ながらこの大会を最後に引退してしまいました。

とにかく中島選手が心がけたのは、練習前、練習後、日常生活でも数多く「ボールに触る」ということでした。

加えて、中学に入ってからはブラジルに短期留学も何度か行なっているので、負けず嫌いなだけでなく、物怖じしない積極性も重要な要素だったのでしょう。

 

中島翔哉選手の大人になってからの練習方法

それでは、中島選手が大人になってから(プロになってから)は、どんな練習を行なっているのでしょうか。

基本的に、この「サッカー小僧」という点は変わりありません。

カターレ富山の時代にも、もちろん練習の虫でした。

カターレ富山時代は午前中にチーム練習を終えた後、午後はひとりやスタッフに手伝ってもらって長い時で7時間、普通でも5、6時間練習をしていた。フィジカルトレーニングを始め、シュート練習、ドリブルしている時のスピードと持久力向上、ターンや初速の早さを身に付ける練習をだいたい1種目30分から1時間程度こなす。

選手にとって「休息も大事だけど」という話をすると中島は「夜休めるからいいし、そもそも身体が強いので練習で壊れることはないです」と涼しい顔をしていた。

出典 : 中島翔哉を支える「尋常でない練習量」日本代表での活躍は必然だった

また、FC東京時代のインタビューでは、チームの練習以外にも、朝ジョギングをしたり筋トレをしたり、自分一人で公園に行ってボールに触ったり(犬と一緒の練習も含め)、という自主練習を行なっていると言います。

家には筋トレの器具(懸垂)があり、家にいるときも犬と遊んでいるか、トレーニングをしているそうで、生活の中心がサッカーになっています。

大きな怪我はこれまでしたことがなく、怪我をしたらどうしようという多少の不安はあるようですが、根っからのポジティブさからか、「怪我しないようにストレッチなどのケアはしっかりしているし、もし怪我しても、ちゃんと治せばいい」と飄々と語っています(その後、全治5週間ほどの故障を経験しますが、まもなく完治し復帰)。

中島翔哉選手は、一体なぜ、これほどまでに練習が大好きなのでしょうか。

彼は、どんなときも、「楽しみたい」という言葉を繰り返します。

サッカーを楽しみたい、観客の人たちにサッカーを楽しんでほしい、だから練習をするのだと言います。

基本はサッカーを楽しむためです。理想通りのプレーができれば楽しいと思うんです。もちろん下手でもサッカーは楽しめると思うけど、相手が強くなると自信がなくなったりする。

でも、練習してうまくなればブラジルやスペインやバルセロナと試合をしても自分の理想とする完璧なプレーができる。そのために日々練習しているんです。

出典 : 中島翔哉を支える「尋常でない練習量」日本代表での活躍は必然だった

そしてまた、一人で一試合に10点取れる選手になりたいとも語っています。

そのためには、まず一試合に10本のシュートを打たなければいけない。そうした意識でゴールを見ている、と。

日本の「サッカー小僧」が、世界の強豪国を相手にも楽しそうにサッカーをしている姿が見れる日を待ち望んでいます。